森林文化学習会 7月

R07年度学習会 ~八ヶ岳山麓で最盛期を迎えた縄文文化を知ろう~  [森林観察学習部会]

2025.7.3 .13

5月1日から、今年度の学習会を開始しました。
今年のテーマは、今まで取り上げてこなかった縄文文化としました。
<今年度の使用テキスト>
「縄文時代の不思議と謎」山田康弘監修
実業之日本社 発行
今シリーズは、担当の負担を軽くするために、資料を作らず読み合わせをして、みんなで議論することにしましたので、内容の報告は、その回での話題1つを抜粋して掲載することにします。

7月の学習項目は以下の通りでした。
〇7月3日
パート2 意外と楽しく暮らしていた! 縄文人の衣食住
13~16 縄文アクセサリー…………渡邊
17~20 縄文人の酒造り……………野崎

〇7月17日
パート3 どこで何が起こっていた?縄文日本の風土と出来事
1~4 縄文時代の津波の痕跡…………井村j
5~7 全国縄文遺跡マップ……………池田

8月の学習予定
〇8月7日
パート3
8~10 小さな丸木舟で海を渡る?築かれた交易ネットワーク………………井村e
11~13 住みやすい土地はどこ?定住で「ムラの掟」も生まれた……………吉江

〇8月21日
パート3
14~17 東京23区から見つかった、たくさんの縄文遺跡……………………本村
パート4 知っておきたい 縄文土器・土偶の秘密
1~3 土器は煮炊きの道具というけど…矢崎

縄文時代の不思議と謎
パート3 どこで何が起こっていた? 縄文ニッポンの風土と出来事

森林観察学習部会 井村淳一さんの資料より

すべてを押し流した縄文時代の津波の痕跡
宮城県松島湾の宮戸島のある里浜貝塚には縄文時代に起こった津波の痕跡として、貝塚の地層中に津波が運んだ砂礫が帯状に確認できる。
三陸海岸にあった縄文時代の貴重な貝塚・遺跡の多くは、2011年の東日本大震災の被害を免れた。その理由は貝塚が残された立地にあった。縄文人は高台に住んでいたため、津波の大きな被害に遭わなかった。

現代人にも残っている?縄文人の痕跡
現代人と縄文人がどのような関係にあるのか、研究がすすんでいる。それによると現代人のゲノムのうち、12%ほどは縄文人からうけついだものだということが分かってきた。
アイヌの人びとは縄文人とオホーツク人そして本州の人びととの混血。
沖縄諸島の人びとは比較的古い形質をのこしており、本土人よりも縄文人に近い形質をもっている。

なぜか北海道で出土したイノシシ形土製品
北海道船泊遺跡:装飾品「貝玉」(ブレスレット、ネックレス、アンクレットとして使われた)その材料はビノスガイである。貝玉加工用のメノウ製の石錐が多量に出土しており 貝玉の生産拠点であった。
縄文時代の女性の人骨が出土。縄文人の顔の復元に成功現代人とあまり変わりのない顔形である。
函館の日ノ浜遺跡:イノシシの幼獣を象った縄文時代晩期の動物形土製品が出土。
北海道にはいまでもイノシシは野生していない。本土から幼獣(うり坊)を持ち込み飼育していたと考えられる。食用としてではなくイノシシを神格化し、飼育したものを殺して神の世界に届ける祭祀をおこなうためと推測でき、アイヌのクマ祭りの雛形になった?

現在とほぼ変わらない縄文時代の日本列島
下図は、2万5000年~1万5000年前の日本と、約6000年前の日本。温暖化による縄文海進での海岸線の変化はあったが、縄文時代に現在の日本列島の形になった。

出典:教材テキストより

(更新日 : 2025年07月31日)