森林文化学習会 1月

~森林を良く知ろう~    [森林観察学習部会]

2020.01.09 01.23

1月の学習項目は以下の通りでした。
〇1月9日
トレンドビュー
第1章 CLTは国産材料利用拡大に救世主となりうるか …………………………………吉江
第4章 みんなで森の再生 木の駅、森の健康診断……………………………………………矢崎

〇1月23日
第3章 森林・生物多様性と持続可能な開発目標(SDGs)交渉………………………中野
第2章 震災復興と防潮堤………………………………………………………………………井村j

2月の学習予定
〇2月20日 まとめの講演会 講演詳細はこちら

みんなの手で森の再生 ―木の駅、森の健康診断―  朝日新聞編集委員会 伊藤智章
森林環境2015 テキストP148~154    矢崎恵子さん(会員)の資料から

間伐材活用に地域通貨を絡ませる「木の駅」運動の広がりなど、「里山資本主義」同様、地域に根差しつつ、ネットなどで外の世界ともつながる、新しい地域おこしの萌芽がある。

木の駅運動=間伐材搬出や加工の報酬が地域通貨で支払われ、山主の意欲と地域経済活性化する仕組み。

2009年、高知県仁淀川町の取り組みをもとに、鳥取県智頭町、岐阜県恵那市などで原形ができ、24府県45の山村地域に広がった。それぞれ地域では、主産業の農林業が衰退し、人口も減少。大型店の進出で、地元の商店が閉鎖し、お年寄りらの買い物が不自由になるなどの悪循環に陥っている。
岐阜県恵那市山岡町の例:「やまおか木の駅プロジェクト」とは、山主や地元の商店主ら約30人で運営。花白温泉に間伐材や林地残材を持ち込むと、軽トラ2台分(1t当たり)の報酬が6000円の地域通貨「もり券」で受け取れる。持ち込まれた材は薪(薪づくり手間賃も「もり券」で支払われる)に加工し温泉のボイラー燃料となる。実行委員は1t当たり3000円で花白温泉に売り、差額は市の補助金で埋めている。山主にとってこれまで売り物にならなかった間伐材がカネ(もり券)になり、この地域通貨もり券で花白温泉はじめ地域の商店で買い物ができる。山主のやる気刺激と商店の売り上げ増に貢献。
担当した若者(元銀行員)はやりがいを求めこの市民プロジェクトに参加。現地現場で苦闘したり、カンパを集め先進地オーストリアで学んだりした。
恵那市の取り組みは、中東から運んだエネルギーではなく、目の前の山でとれた材料で火をおこし、地域の人たちが温まるという分かりやすいモデル。地元資源を利用した地域おこしといえる。(p.150)

森の健康診断運動

2005年、愛知県豊田市矢作川流域で始まった森林ボランティアによる「森の健康診断運動」。(矢作川流域だけで、この10年間で延べ2300人参加。この手法は40都道府県に広がっている)
2001年、農水省豊田統計情報出張所勤務だった丹羽氏が、前年に発生した東海豪雨(恵南豪雨)で大きな被害(集中豪雨による各地土砂災害:真砂土・戦後拡大造林・木材価格低迷・放置林)を受けた山主らにアンケート調査をしたところ、「山主すら山の現状を知らなかった」ことに驚く。⇒「素人山主」
そこで都市住民らによる森林ボランティアが活動することにより、山主の意欲を引き出そうと考えた。
蔵治光一郎准教授ら研究者たちに協力を仰ぎ、ボランティアを導入し矢作川流域山地の調査を行いそのデータを分析してもらい、行政や山主に生かすサイクルを構築。この調査は2巡し終了
2005年~2014年、矢作川流域3県7市町村を大勢の市民が、P.152の方法で調査し、植林地1ha当たり密度・断面積・樹高と直径・木と木の間隔等から林の混み具合を判断。参加者は山歩きを楽しみながら専門家から山の荒れ具合、植物の名などの解説をうける。木の駅同様、山主たちへの刺激に。
⇒2007年「豊田市森づくり条例」を制定、100年の森づくり構想を打ち出し、公的資金導入の道を開く。

流域一体・・・矢作川水質保全運動

*「矢作川沿岸水質保全対策協議会」―矢作川方式
農業地帯だった三河地域で戦後急速に工業化が進み河川の水質悪化が問題となり、保全運動がおこる。
1969年、開発計画は行政の認可前に土地改良区や沿川市町村でつくる「矢水協」*との協議を義務化、ゴルフ場乱開発の歯止めとなった。1990年代には矢作川漁協の反対で矢作川河口堰建設計画が中止に。
このように、山と川に市民の関心を向ける前史があって、森の検診、木の駅運動へとつながった。
流域一体の考え方は、江戸時代の方が進んでいたかもしれない。現在、木曽川は愛知県~長野県~岐阜県をまたいで流れ愛知県西部の水がめであるが、森林税の補助対象は県内に限られている。が、江戸時代は旧尾張藩は名古屋城下のみならず木曽地方も藩領とし山林を管理し、一体経営の発想があった。
森の検診も木の駅運動も、ネットで方法や成果を発表し関心を高め、人々が消滅可能性のある自治体へつながりや、やりがいを求めて足を運ぶようになった。著者はそこにかすかな可能性を感じる、という。