~森林を良く知ろう~ [森林観察学習部会]
2019.11.07 11.21
11月の学習項目は以下の通りでした。
〇11月7日
第1章 IPCC 第5次報告の意味するところ………………………………中野
第3章 自然林と人工林における気候温暖化の影響と対応策……………井村e
〇11月21日
第5章 雪国の古民家にみる森と人の関わり………………………………池田
第6章 自治体の施策に適応策を組み込むには……………………………本村
12月の学習予定
〇12月5日
第7章 農山村における気候変動の影響と対応策…………………………黒田
第8章 グレーインフラからグリーンインフラへ…………………………定成
〇12月19日
第9章 気候変動下における山岳リゾートとの将来展望と適応策………石田
第10章 地球温暖化対策は今年のCOP21で第2段階へ…………………下田
自然林と人工林における気候温暖化の影響と対応策
森林環境2015 テキストP39~47 井村悦子さん(会員)の資料から抜粋
1.はじめに
温暖化の影響は、人工林では成長や病害虫の変化、自然林では天然更新を通して構成種の優先度や組成に変化が出る。これに対する、対応策は、自然林と人口林では大きく異なる。
2.自然林への影響予測と適応策
自然林は、野生生物の生息地としての機能が人工林よりも高い。温暖化に対して生態系や生物多様性を保全する対策(適応策)が、自然林管理の今世紀の重要な課題となる。
植物分布は温暖化の影響でゆっくりと変化している。
西欧州の植物171 種の分布が過去 100 年間に 10 年で平均 29 m上昇、世界の 1700 種以上の生物分布が 10 年で平均 6.1km 北上したことが報告されている。
近年、分布予測モデルを用いて、種や生態系の将来の潜在生育域(分布が可能な環境を持つ地域 )が予測され、温暖化に伴う脆弱な種・生態系と地域が推定された。 潜在生育域から外れる分布域は、脆弱な地域と推定できる。
一方、温暖化に伴い、潜在生育域は北方や高標高に移動するので、新たな潜在生育域への侵入が可能になる。
植物の移動は、種子を散布し新たな生育地に定着することの繰り返しが必要。植物の移動速度は種によって異なるが、樹木の移動速度は遅く、温暖化の潜在生育域の移動に追いつけず、潜在生育域だが分布しない地域( 不在生育域 )が広がると予想される。
日本には亜熱帯から高山帯(寒帯)まで幅広い気候帯があり、生育する6000 種以上の植物は異なる分布域を持っている。温暖化に伴い、冷温帯、亜高山帯(寒温帯)、高山帯の種の潜在生育域は縮小し、亜熱帯と暖温帯の種の潜在生育域は拡大する。
冷温帯から高山帯に南限のある種は南限地域では絶滅し、北限地域では分布拡大が遅い可能性がある。
亜熱帯、・温帯域の種では、潜在生育域が拡大するが、潜在生育域の拡大には追い付けない場合が多い。
分布南限などの脆弱な地域、北限などの分布域拡大域では、温暖化の影響が現れやすいと予想される。
しかし、予測だけでなく、事実把握のための定期的な現地調査(モニタリング)が必要で、影響予測とモニタリング結果に基づき、緊急性のある事案を選別し、適切な保全策を実施することが賢い適応策。( P40 図1)
ブナの場合
日本のブナ林は、世界的に見ても面積が広いことや自然度が高いことが特徴。
ブナ林の保護策(適応策)は地域に寄り異なる。
・本州日本海側・東北・北海道南部
ブナの消失を加速させる最大の要因は森林伐採であることから、保護区に入っていない持続的潜在生育域を保護区に追加 するのが有効。
・潜在生育域が消滅する西日本・本州太平洋側は、 保護区追加は効果がなく、もっと積極的な保護策が必要。
この2地域のブナの遺伝形質は異なる。遺伝的多様性を保護するためにも、西日本・本州太平洋側のブナを積極的な作業による保護する意義がある
国や自治体が管理する保護区の管理計画に、温暖化の適応策を他の諸問題の対策と調和させて組み込んでいく必要がある 。
3.人口林への影響予測と適応策
人工林は、植栽や雑草木の刈り払い等の作業で育成されたスギ、ヒノキ、カラマツなど有用樹種からなる森林で、
人為的に種間競争は排除されているので、温暖化の影響で問題となるのは、 病虫害 と 成長 となる。
・土壌条件の良い場所で成長量の増加が期待できる。
・高温によるスギの成長低下
・病虫害の発生地域の拡大
病虫害
マツ材線虫病、スギカミキリ、トドマツオオアブラムシ、ヤツバキクイムシなどで温暖化の影響予測がされる。
これは冷涼な気候条件では発生しにくいので、温暖化が被害を拡大(北上)させると推定される。
現在、マツ材線虫病は、マツ生立木を伐採して「防除帯」の設置、マツ枯れ発生時は素早く枯死したマツの伐倒処理が行われているが、これからの温暖化に伴うマツ枯れの危険域の北上には、現状の方法では完璧な防除は難しいので、 マツ林を耐病性マツや他樹種への置き換えが根本対策になる。
成長
スギは年間を通して水分の要求度が高い。比較的乾燥する北関東、瀬戸内地域でスギ高齢木での梢端枯れが確認
されている。
スギの生理プロセス(蒸散)と環境条件(降水量と土壌の保水性)に基づき、温暖化に対するスギの脆弱な地域
が特定されている。温暖化後は、関東平野や青森県北部など、蒸散降水比が高い地域が拡大し、この地域のスギが
衰退の可能性が指摘されている。
育林樹種に対する温暖化影響予測には、生理プロセスモデル以外に、成長量を環境条件から予測する統計モデルも有用と考えられるが、まだ研究が進んでいない。スギ以外の温暖化影響予測もほとんどされていない。人工林は
材の収穫まで 50 ~ 100 年掛かるので、温暖化による将来の適正樹種を見越して、育林木の選択が必要 である 。人工林の病害虫や成長と気候条件の関係が明らかになれば、温暖化に伴う育林樹種の適地の予測ができる。
各育林樹種について、現在と将来の気候条件における育林適地マップが作成されれば、各場所で樹種選択の判断に
役立つ。
4.おわりに
温暖化の生態系への影響が既に現れている。森林生態系は、変化がゆっくりしていること、環境要因と多様な生物が織りなす複雑なシステムのため、温暖化だけの影響を見分けられない。しかし、近年進歩した分布予測モデルは、温暖化を見分けるためにも有用。
モデルを用いた影響予測と変化を把握するモニタリングを同時に推進することにより、得られた情報を参考に適切な適応策を実行していくことが健全な森林の維持に必要である。
一方、森林はCO2の吸収・排出・貯留の機能を有しており、吸収・貯留を通して温暖化を緩和する役割が期待
されている 。今後は、森林における適応と緩和を調和させる対策が必要である。
(更新日 : 2019年12月05日)